会社概要

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台東区下町に90年の歴史と業績を持つ会社です。2015年の夏から定款と企業方向をさらに進化させ、新たなる時代に対応する形をとりました。
会社登記名: 鈴友株式会社
会社名(英名): Suzutomo Company Limited
ホームページ: http://www.suzutomo.com
メールアドレス: info@suzutomo.com
所在地: 〒110-0016 東京都台東区台東2-31-11
設立: 創設大正14年 株式設立昭和52年
事業概要: NIC日本総代理店
セラコート™塗装、粉体塗装業
セラコート™販売
プリズマティックパウダーズ販売
玩具パーツの製造販売
資本金: 10,000,000円
取締役会長: 鈴木 利夫
代表取締役社長: 鈴木 保利
所属団体: 全東京記章商工協同組合

時代の流れに先立ち、

見極め進化する。


経歴

大正14年: 初代鈴木友三が鍍金工場創設 装身具、金物の装飾鍍金、工業鍍金を始める。
戦時中は軍用の装備品、軍備品などの鍍金もする。貴金属不足の為、鈴木友三が
代用金を開発。
竹町(現台東区台東)鍍金工場本店、竹町クローム鍍金第2工場、
箕輪アルマイト工場を運営。
昭和46年: 2代目鈴木利夫が代表取締役社長に就任
昭和48年: 竹町にビル工場を新設する。近代化に逸早く着手し、下水処理や排気処理の
施設を工場内に取り付ける。
昭和52年: 創業者の鈴木友三が地域貢献の為日本国天皇から「勲五等に叙し」瑞宝章を
授与する。
株式設立, 鈴友株式会社と改名する。
環境汚染の考慮でクローム工場、箕輪アルマイト工場を封鎖、業務を徽章、
装身具、宝飾などの装飾鍍金に纏める。
昭和51年: 「日ソ親善フィギュアスケート大会」を開催、実行委員長を務める。
大会メダルや関係者メダリオンなど製造。
昭和54年: 日本フィギュアスケート連盟委員長を務める鈴木利夫がNHKと共催でNHK杯を
開催。大会メダル、各種関連グッズなど徽章関係を制作販売。
昭和56年: 皇室三笠宮崇仁親王殿下を大会名誉会長とした三笠宮杯アイスダンシング
協議会を出光様と開催。
平成22年: 3代目鈴木保利が代表取締役社長に就任。
平成23年: 鈴木保利がセラミック対熱線コーティング、「セラコート」を開発。
NIC社のセラコートも導入、実用試験を始める。
平成24年: 日本初のセラコート認定工場となり、この期にセラコート事業部を開始。
平成26年: 鈴木保利が「セラコート」、「Cerakote」商標登録第5651327号取得する。
鈴友株式会社が鈴木保利からセラコート®をライセンス契約。
平成27年: NICの要請により、NIC日本総代理の契約を結ぶ。鈴友株式会社の定款も
改正、セラコート®以外に粉体塗料のプリズマティックパウダーコートも
販売開始。
メッキ事業を短縮。セラコート®とプリズマティックパウダーコートに
事業を集中する。施工ブースや塗装釜を増やす鈴友第2ビルの改築を開始。
平成28年:

車両パーツ市場、眼鏡市場にも進出。

鈴鹿8時間耐久ロードレースにてテルル・レーシングのスポンサードとなる。

全日本モトクロス選手権国際A級で史上最多の9回のチャンピオン、東福寺保雄監
督率いるT.E.Sportのスポンサードとなる。この年、LX部門で中野洋子選手が
年間チャンピオンに輝く。

福井県鯖江市の三工光学とコラボでDun x Cerakoteを眼鏡業界で初めて製品を
作り、2017年IOFTで「アイウェア・オブ・ザ・イアー」の技術/機能部門で受賞。

平成29年:

F.C.C. TSR HondaのEWC(世界耐久選手権)挑戦に参加、テクニカル
スポンサードとなる。

藤井謙汰選手がJP250で復帰。新製品のテストも兼ねて2017年度も
テルル・レーシングのスポンサードとなる。


大会実行委員長で、元日本スケート連盟フィギュア委員長の鈴木利夫(80)は
「ソ連連盟のピセエフに頼んで全てが決まった」と振り返る。
その陰には、崇彦の祖父で2011年に95歳で亡くなった光彦がいた。
戦前、旧満州で修得したロシア語で、60~70年代に審判として参加した
ロシアの大会で出会った実力者ピセエフと太いパイプを築いていた。
世界選手権のペアで65年から14連覇、アイスダンスは70年から10連覇。
ソ連はクラシックバレエのような高い芸術性を誇っていた。
鈴木は「日本と雲泥の差。技術を教わり、盗みたかった」。
72年の札幌冬季五輪後とはいえ、「世界的な選手がよく来たな」と驚かれた。
選手が積極的だったのには理由があった。
日本の電化製品の質の高さだ。
来日すると、東京・秋葉原で電化製品を買いあさった。
編曲機器のある音楽スタジオに通ったメンバーの中には
浅田真央(22)の振付師、タチアナ・タラソワ(66)もいた。
毎年大量のレコードを持参して競技用に編曲し、
カセットテープに録音して帰国した。
78年まで行われた日ソフィギュアは現在のNHK杯へと発展した。
今、日本は五輪や世界選手権で表彰台争いの常連だ。
鈴木は「日本のフィギュアが発展したのは、ソ連のおかげ」。
(2013年8月5日「朝日新聞」夕刊/「日ロの架け橋 フィギュア交流史」

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